第十三篇 凱歌
著者:shauna


 入口から入ってきたサーラ達を見て、全てを察したリオンが悔しそうに呟く。

 「身代わりの金貨でサーラとファルカスを作り、それに精霊を憑依させ、さらにその精霊に”精神意操(マリオネット)”をかけることで自由自在に操る。」
 口で言うのは簡単だが、実際それをしたままであの猫耳メイドに的確に指示を与え、さらに自身もオセを相手に対等以上に勝負し、しかも自分に分からない様に程良く手を抜くとなると、それはもはや不可能と考えざるを得ない高等技術になる。
 だから、分からなかったのだが、見事騙された今となっては何故気が付かなかったのかと自問自答せざるを得ない。


 サーラ達が戻ってきた大聖堂でシルフィリアは静かに2人に向かって微笑みかけた。

 「首尾は?」

 「完璧!!」

 サーラが親指を立てて頷く。

 「ジルさんとルシファードさんとシンクラヴィアさん合流後、予定通りアリエスさんを救出。その後、シルフィリアさんの指示通り、ジルさんは市民の避難指示と。ルシファードさんとシンクラヴィアさんでアリエスさんを病院に搬送した。」

 肩で息をしながら「やってやったぜ!!」とでも言いたげなほどに満足そうな笑みを浮かべるサーラにシルフィリアもホッと胸をなでおろした。ともかく、これで後方の憂いはすべて断たれた。後は・・・・
 

 目の前の2人を完膚なきまでに叩きのめすのみ。


 「お話は済んだ?」

 リオンがさらに8体の魔族を召喚しながら問いかける。しかし、その表情に先程までの余裕はない。それに対し、シルフィリアは余裕の笑みを浮かべていた。
 
 「ええ・・・私を怒らせた罪・・・償って頂きましょう。」
 
 シルフィリアが杖を構え、それに続くようにサーラとファルカスもそれぞれの武器を構える・・・が・・・
 
 シルフィリアが柔らかく手でそれを静した。
 
 「お疲れでしょう? 御二方はゆっくりとしていて下さい。」

 「?」

  その言葉にサーラの表情が曇る。

 「それって・・・私達が足手まといってこと?」

 
 「いえ・・そういうわけでは・・・」

 「ならなんで?」と聞き返そうとした処で、サーラの表情が凍りついた。

 シルフィリアがリオンに向けた瞳。そこに宿る光に言葉を失ったのだ。
 
 それは見たことも無い程に恐ろしく、凍てつく・・・竜種さえも逃げ出すような瞳。


 「私だって本気でキレることや絶対に許せないことがあるんですよ。」

 
 もっと簡単に言うと、巻き込まないようにです・・・的な言葉が聞こえてきそうなほど、その一言は背筋が凍りつくほどに冷たかった。
 ファルカスとサーラは静かに後ずさりし、壁際にできるだけ身を寄せる。

 「聖なる護り(スフィア・プロテクション)!」

 自分たちへの被害を防ぐためにサーラが呪文を唱え、それと同時に自身とファルカスを包み込む青透明な半球状のシールドを出現させる。

 それを見たシルフィリアが静かに呟いた。


 「第一限定・・・解除(ファーストリミット・・・リリース)」

 
 その言葉をつぶやいた途端に場の空気が変わった。

 なんというか、圧迫感がある。

 その空気を払拭したいとでも言うように、リオンが引き攣った笑みを浮かべる。

 「少し魔力が増えたからって、調子に乗らないほうがいいわよ。あの2人がいるこの場所ではあなたの必殺技“星光の終焉(ティリス・トゥ・ステラルークス)”は使えない。白い矢の魔法は命中率100%だとしても無限鍵盤(インフィニットオルガン)の魔力で召喚した大量のデーモンを盾にすれば防ぐことができる。さっき使ってた物凄い数の白い矢の魔法もだって同じ手段で防げる。つまり、あなたが使える強力な魔術の中で現在有効なのはあのすごい防御力のオーロラを出す魔法だけ。でも、それもいつかは魔力切れになる。そうすればまたあなたは普通の女の子。勝ち目はないと思うけど・・・」

 自信たっぷりのリオン。そして、今リオンが言ったことは正論だった。
 
 だが、それを聞いて、シルフィリアは・・・

 ―クスクス―
 
 思わず堪え切れなかった笑いを零した。

 「何がおかしいの!!?」
 リオンの表情が険しくなる。


 それに対し、シルフィリアは
 「アハハハハッ」
 さらに笑いを強めた。ひとしきり笑ったところで、シルフィリアが言う。

 「あなたの言う通り・・・確かに”星光の終焉(ティリス・トゥ・ステラルークス)”は使えませんね。」

 その言葉を聞いたリオンが笑みを深めた。

それに“白き死神(ビェラーヤ・スミェールチ)”も“白き死の大地(ビェラーヤ・オブ・アルビオン)”も後、“白帝(エンプレス・オブ・アルビオン)”もあなたの言う通り、身の回りをすべてデーモンで囲えば届きません。」

「諦めて降伏したら?」

 一転、圧倒的に有利な立場となったリオンが確信したように言い返す。


 だが・・・



 「でも・・・」



 それに対し、シルフィリアも笑っていた。

 「それで何か問題が? 」

 シルフィリアが静かに手に持った杖で遊ぶ。クルクル回してみたり、右手を左手でバトンのようにしてみたり、明らかに追い詰められているようではなかった。

 「強がってんじゃないよ!!!」
 リオンが睨みを利かせるが、それでもシルフィリアは笑っていた。

 「いい事を教えてあげましょう。」

 シルフィリアが言う。

 「実はあなたが言った“白き死神(ビェラーヤ・スミェールチ)”も“白き死の大地(ビェラーヤ・オブ・アルビオン)”も“白帝(エンプレス・オブ・アルビオン)”も・・・別に私しか使えないというわけではありません。」

 その言葉にリオン含め、サーラとファルカスもが驚く。

 「確かにものすごく難しい魔術ですし、かなりの才能が必要となるでしょうが、それでも私が基礎からしっかりと教えれば、それなりにはなるでしょう。」

 杖を再び右手に握りなおし、軽く”コンッ”と床を叩いてからシルフィリアは笑みを深めた。

 「では、なぜ、私が『誰も姿を見たことのない魔術の天才』なんて言われる“幻影の白孔雀”になることができたのか・・・誰でも使えるなら、それほど価値はないはず・・・。」

 ・・・・・・

 「それは・・・私にしか使えない魔術もいくつかあるからです。」

 リオンの表情が固まった。

 「私にしか使いこなせない大魔術。その名を”エクシティウム・エプタ”といいます。その一つが“星光の終焉(ティリス・トゥ・ステラルークス)”。ここまで言えばもうわかりますよね?」

 リオンの顔が必然的に苦くなる。


 「つまり、たったひとつ封じただけではまだ早いということです。」


 確信していたことを言われてリオンの顔がさらに苦くなった。

 「教えてあげましょう。私を怒らせると言う事はどういうことなのか・・・」

 リオンが凍り付く。というのもシルフィリアの瞳・・・その痛さにだ。
 復讐者というよりは絶対者。氷とか氷河とか冷たいモノ全てを超越する程に凍り付くような瞳。
 
 「クッ!!!!クロノ!!」

 リオンが必死になって振り返り、無限鍵盤(インフィニットオルガン)を演奏するクロノに視線を送る。

 それに反応するようにクロノはさらに演奏の音を強めた。

 「魔族召喚(サモン・デモン)!!!」

 リオンがさらに魔族を増やす。これで下級魔族8体。中級魔族6体、上級魔族8体の計22体。
 
 傍で見ているサーラとファルカスもこれには驚く。そもそも、魔族召喚はものすごく高度な技術だ。使いこなせる者もそうそういないし、ましてや数を増やせば、その召喚はかなり難しくなる。

 少なくとも今の自分たちなら勝てない。悔しいけど・・・

 そしてこれが・・・無限鍵盤(インフィニットオルガン)の力・・・


 再び余裕の笑みが戻りつつあるリオン。

 それに対し、シルフィリアは・・・静かに杖を自分の前に突き出すようにして地面と水平に構え・・・


 「絶対守護領域(ミラージェ・ディスターヴァ)・・・」


 自身の周りにオーロラの守護幕を張る。
 見た目には華やかなコレだが、侮るなかれ・・・実際には無敵に近い高度を誇る。おまけに詠唱も短く、使い勝手もいい。もっとも、消費魔力はとてつもなく大きいのが玉にキズだが・・・
 
 だが、この中に居ればある程度の時間は稼げる。実質、一斉攻撃してきたデーモンは守護幕に爪を立てているが一向に砕ける気配はないし・・・
 少なくとも・・・呪文の詠唱時間ぐらいは十分に稼げる。
 構えを崩さず、シルフィリアはすぐに次の呪文の詠唱に入った。

 『主から手から離れしモノ 扉の向こうに有りしモノ、我が求めしモノ。我は汝を求めたり、主は汝を求めたり、今一度、我が前にその力を与えよ。開け、我が宝具眠りし神の門よ・・・

  
 ”『幻想なる刻の扉(イリューシオ・ホーラフォリス)』”      』



 詠唱が終わると同時にシルフィリアの背後5mの位置に白い光玉が出現した。
 そして、その光玉は徐々に形を成していく。成した形は長方形。それは扉。しかし、施された天使や悪魔の彫像や蔓等の植物。一言でいえばとてつもなく豪華な・・・大国の城門のような純白の扉だった。

 ・・・ゆっくりと扉が開き、中から真っ白な光が溶けるように溢れた。
 
 さてと・・・

 術式が完了した所でシルフィリアは緩やかに絶対守護領域を解く。と同時にほぼ全方向から5体の下級魔族がシルフィリアめがけてその鋭い爪を突き立てた。

 と・・・同時に・・・

 扉の光の中からシルフィリアの手元目掛けて8本のエアナイフが飛び出す。それをすべて指の間でキャッチし、それを・・・

 デーモンの胸の中央に向けて投げつける。

 辺り一帯にデーモンの青い血が散乱した。

 それを浴びて尚、シルフィリアは表情一つ変えずにリオンを見つけていた。

 「クッ・・・何をしているの!!全員であの小娘を殺しなさい!!」

 その一言で今度は下級、中級を合わせた7体がシルフィリアめがけて襲いかかった。同時にシルフィリアの背後の扉が再び眩く輝き、中からシルフィリアの手元に今度は杖を2本飛ばす。

 それを軽くキャッチし・・・


 『聖なる矢(セイバーダート)・・・』

 
 シルフィリアの声にそれぞれ対角線に構えた杖から無数の白い槍が飛ぶ。
 
 「なっ!!速い!!!」

 ファルカスが思わず呟いた。というのも、その飛んだ速さというのは異常だった。戦闘慣れしている筈のファルカスが軌道を追うのでやっとという程に・・・
 「『聖なる矢(セイバーダート)』は全魔術の中でも最速を誇る魔術だよ。でも、それを同時に数本・・・しかも違う方向になんて!!!」
 「出来る訳が無い!!」とサーラが続けた。
 
 これを中級程度が避けられるはずもなく・・・

 放った15本全てがデーモンに命中。再びその場に屍が増える。

 それと時を同じくして上級魔族が動いた。


 回りを囲うようにして、その手に魔力を満たしていく。
 「あれは・・・暗黒球(ダークボール)!!」
 先程苦労した魔術にサーラが叫んだ。
 
 「なるほど・・・一斉掃射で私を倒そうと・・・悪くない考え方です。」
 シルフィリアが床に杖を捨てる。
 
 「でも・・・」
 
 そして、微笑むと同時に、再び扉が輝きだした。

 上級魔族がシルフィリアに攻撃を仕掛ける直前。シルフィリア目掛けて扉が黄金の鎌を吐き出した。それをキャッチしたシルフィリアは瞬時に構え・・・
 
 魔族が魔術を放つ直前で、その鎌を一閃させた。

 と同時に・・・

 パキパキという音と共にデーモン達の体が凍り付き、氷柱となる。

 鎌を地に捨ててシルフィリアはゆっくとリオン目掛けて歩き出した。

 「!!!」

 リオンの顔が恐怖に染まった。


 「使い魔召喚(サモン・サーヴァント)!!!」


 リオンが新たな魔法陣を描き、新たな魔族を呼び出す。背中に巨大な翼を生やした馬の骸骨を頭部に掲げる悪魔。

 「召喚に従い参上した。我が名はボルグラン・・・魔界の大伯爵の一柱である。我を召喚せしは貴殿なるか?」

 その言葉にリオンが頷いた。

 「ボルグラン!!命令よ!!あの小娘を消しなさい!!」
 「消すとは・・・つまり、亡き者にせよとのことか?」
 「何でもいいわ!!殺しても魔界に連れ帰っても!!今すぐにこの世から消しなさい!!」
 「承知・・・」

 ボルグランと名乗った魔族はゆっくりとシルフィリアへと近づく。

 その時、壁際でファルカスとサーラは静かに冷汗を流した。

 姿と形から考えて、この魔族・・・おそらくアリエス救出の時に戦ったカレヴァラという悪魔とほぼ同じモノと考えていいだろう。

 しかも、今シルフィリアはかなりの戦闘で力を消耗しているはずだ。

 なのに、自分達2人があれほど苦労した相手にたった一人で・・・

 「やっぱり、私たちも戦った方が・・・」

 そう漏らすサーラをファルカスが静かに静止した。

 「いや・・・今の俺達じゃ体力が足りない。足手纏いになるだけだ・・・ここはシルフィリ・・・・・」



 そこまで言ってファルカスが言葉を失う。



  再び扉が輝き、吐き出したモノ。それは長く細い血のように赤い布だった。

 「あれは・・・まさか!!!」
 「どうしたの、ファル!?」

 その布は緩やかに螺旋を描き、硬化し、最終的に一本の槍へと昇華した。
 
 「そんな・・・あんなものまで持ってるなんて・・・」
 笑ってるのか驚いてるのかどちらかにして欲しい顔でファルカスがその布を見つめる。
 
 そして・・・・ボルグランが一気にシルフィリアとの間合いを詰め、手に真っ黒な魔法球を出現させる。
 それを見て、ファルカスの顔が僅かに曇った。
 知識だけからいえば、おそらくあれは生命を操る魔法球。触れれば即座に触れた部位から侵食される。
 もし、アレを放つタイミングを間違えれば一撃で殺されることすらある。
 
 それに対し、シルフィリアは・・・

 かなり余裕を見せながら静かに手もとの槍を構えた。

 「ファル・・・あの槍・・・なんなの?」
 「ん?あれか?あれはな・・・」

 そしてボルグランがシルフィリアに襲い掛かった瞬間・・・
 シルフィリアは思いきりボルグラン目掛けてその槍を投げつけた。

 途端にボルグランが槍と共に弾き飛ばされ、背後の壁に打ちすえられる。と同時にその背後に魔族の青い血で十字架が描かれた。

 「”ロンギヌスの槍”。魔族だろうが神族だろうが一瞬で封じ込める伝説の宝具だ。でも、まさか、シルフィリアが持っていたなんて・・・」
 「もちろん、模造品ですけどね・・・」
 ファルカスの言葉にシルフィリアが付けたす。
 「あの程度の者に本物を使うなど・・・勿体無いことこの上ないので・・・」

 つまり、本物持ってんのかよ・・・というファルカスの呆れはこの際放っておくとして・・・

 リオンの顔が完全に青ざめたのは言うまでもない。

 召喚できる全てのモンスターを召喚しつくした。自身のレベルを遥かに超えるボルグランまで呼び出した。しかし、勝てない。ということは・・・すなわち・・・


 「うぁああぁぁああぁあああああ!!!!」


 脳内に浮かんだ絶望的な答えを打ち消したい一心でリオンが大声を上げて、超手にダガーを構え、シルフィリアめがけて突っ込んだ。

 両手を交差させるようにして、ダガ―をまるで巨大な鋏の如く構え、シルフィリアの首めがけて突っ込む。
 
 それはもう縋るような気持ちで・・・
 
 それを見たシルフィリアの意思と同調して再び扉が輝き出す。
 その結果、吐き出したのは一本の刀だった。太刀というには短く、かといって脇差というには長い刀。それは小太刀と呼ばれる刀。
 
 突っ込んでくるリオン目掛けてシルフィリアはそっとその柄に手を添えた構えを作る。
 そして、リオンのダガーがシルフィリアの首を切り裂く寸前・・・

 シルフィリアは大きく突きを繰り出した。
 表現できない程甲高い悲鳴と共にリオンの脇腹辺りから血液が滴り落ちる。

 それを見て、シルフィリアは静かに剣から手を離した。
 そして、倒れたリオンの脇腹に刺さっている小太刀の柄をさらに足で押し込む。

 「うわっエグい!!!」

 顔を青くするファルカスだが・・・

 「抜かないだけマシでしょ・・・」
 とサーラが言い返した。そう。抜いたら間違いなくリオンは出血多量で死亡する。むしろ、さらに押し込んだのは出血量を抑えるための手段の一つといえなくもない。まあ、味わってる本人は地獄だろうけど・・・

 
 「私に逆らうことの意味・・・わかりましたか?」

 
 あまりの痛みに気絶することもできないリオンにシルフィリアは氷の笑みを浮かべながら呟いた。

 「さて・・・」

 とシルフィリアは演奏台からこちらを見下ろすクロノへを視線を移す。

 「相棒はやられてしまったようですよ?どうします?投降しますか?まあ、許しませんけど・・・」

 その言葉にクロノも静かに自分の得物を取り出す。

 それは杖だった。菜箸程度の長さのワンド。長物であるスタッフに比べ、携帯用としても便利で最近は品質も向上してきたため、近頃流行っている杖である。

 「私があの女程度だと思うなよ?白孔雀・・・」

 その言葉にシルフィリアも笑みを浮かべた。

 「謝ることもしませんか・・・どうやら少し、教育が必要なようですね・・・」
 
 扉が再び輝き出し、中から一本の黒いひも状の物が飛び出す。
 それは長い牛追い鞭。

 シルフィリアはそれをキャッチすると同時に―パァン!!!―と地面に向けて打ち鳴らした。

 「先程から見させてもらっていたが、中々に面白い扉だな。」
 「でしょう?」

 シルフィリアが微笑む。

 「見たところ・・・“刻の扉”と同じ効果を持つようだが・・・」
 「似て非なるモノですね・・・」
 「ほう?というと?」
 「人は通れません。」
 
 クロノの顔が険しくなった。
 
 「ここを通れるのは物だけです。」
 「では人間が通ったらどうなるのだ?」
 「さあ?通したことがありませんから・・・」
 
 シルフィリアがニコやかに微笑む。

 「ちなみに何処とつながっているんだ?」
 「我が屋敷の武器庫ですが・・・」
 「なるほど・・・それはさぞかし多くの武器が眠っているのだろうな?」
 「ええ・・・それはもう・・・」
 「先ほど言っていた“ロンギヌスの槍”も君が持っているのかい?」
 「ええ・・・持ってますよ。」
 「そうか・・・」

 クロノの口元がニヤけた。


 「では頂こうか?」


 「はい?」
 シルフィリアが首を傾げる。
 
 「我々“空の雪”の方針は知っているだろう?」
 「ええ・・・まあ・・・」
 「強力なスペリオルは総じて魔道学会が管理すべき。ならば、頂こうじゃないか。君が持つ全てのスペリオルを!!」
 
 そう言い放ち、クロノは手に持ったワンドを構えた。
 
 「鞭はあまり得意ではないのですけれど・・・」

 ため息交じりにシルフィリアはそう言い・・・

 「火炎(ファイアー)・・・・」

 クロノが呪文を唱え始めた時・・・シルフィリアの鞭が一閃する。
 鞭の先端は螺旋を描くようにしてクロノのワンドを一直線に目指し、シルフィリアが手首を捻ると同時にそのワンドに絡み付き、そして・・・鞭を大きく引くと同時にその手から杖を奪い取った。
 
 「何!!?」

 そのコントロールの良さにはクロノだけでなく、サーラとファルカスも驚く。
 あれ?苦手なんじゃなかったけ?
 さらに引き寄せたその杖を鞭から解放し、自身の空いている方の手に納めると、

 「中々良い杖を使ってますね。アンブロジウス翁の作品とは・・・流石“空の雪”といったところでしょうか。」
と言って杖の先をクロノめがけて構え・・・

 「ところで・・・誰が馬鹿だと?」
 もの凄い笑顔で問いかけた。

 それに絶句するクロノは懐に手を伸ばし、すぐに予備の杖を・・・

 『武装解除(ディサーマメント)・・・』

 取り出そうとした所をシルフィリアの魔法で杖を弾き飛ばされる。
 これで完全に丸腰・・・
 
 青ざめるクロノに対し、シルフィリアはただただ笑顔。

 「さて・・・あなたにも償って頂きましょう。私を怒らせた罪を・・・」

 緩やかな足取りでクロノに一歩一歩近づいてく。

 

 「くっ・・・これまでか・・・」



 完全に戦うことを諦めたクロノは静かに両手を上げた。
 
 「降参だ。そちらに投降しよう。」

 終わった。

 その言葉を聞き、シルフィリアは静かに杖を降ろす・・・と思いきや・・

 否・・・実は終わってなどいない。

 「何を言ってるんですか?」

 シルフィリアは杖を構えたまま、クロノに問いかける。
 
 「散々私を怒らせておいて・・・『負けたから投降します』で全てが収まるとででも思っているのですが・・・」
 「・・・」
 僅かに顔が青ざめ、震えるクロノ。しかし、あくまで平静を装おうと無理に笑う。
 
 「なるほどな・・・」

 完全に諦めたクロノが静かに呟いた。
 
 「年貢の納め時というやつか・・・」
 
 『邪眼の主よ。その瞳の光を我に与えん。災いなる眼差し。その双眸で射よ。』

 杖の先が静かに光り出す。

 『石化せよ(ペトリファクション)』

 紡がれた魔法の言語(マジック・ワード)と共に杖の光がはじけた。
 それと時を同じくしてクロノの足もとが変化する。靴からどんどん石になっていくのだ。その石は段々と体の上方へと昇って行き、膝・腹・胸の順に石化していき、心臓が石化したせいでクロノの顔が苦しみ出した頃、頭が固まり、全身が石の彫刻と化した。

 同時にインフィニットオルガンの自動演奏も止まる。

 それを見てシルフィリアが静かに杖を下ろし、サーラも防御の魔法を解いた。

 「シルフィリアさん!!!」

 慌てて駆け寄ってくるサーラ。

 「えっと・・・私よく分からないけど・・・大丈夫? 」
 オドオドとした様子で聞くサーラが完全に自分のことを怖がっていると察したシルフィリアは満面の笑みを浮かべ、

 「ええ・・・大丈夫です」
 と返した。

 それを聞いて、サーラとそれからファルカスも安心したように笑みを浮かべる。
 
 
 ひと段落して・・・


 「ねえ・・・シルフィリアさん・・・あの人・・・」
 サーラがクロノの彫像を指差した。

 「ずっとあのままなの?」
 「それでもいいのですが・・・」

 サーラの質問にシルフィリアは困ったような顔を浮かべ・・・
 
 「古い魔法で、現在は治療法を知っている魔法医なんてほとんどいないのですが、文献などを読めば一応治療法はあります。適切に調合した魔法薬をかければ数時間で元に戻りますよ。」
 
 その言葉にサーラも安堵する。流石魔法医・・・目の前で人が死ぬのは我慢できないらしい。

  
    ※            ※          ※
 
 

 「みなさん!!お怪我はありませんか!!?」


 
 しばらくすると、小走りでロビンが走ってきた。


 「すみません。遅れてしまって・・・魔道学会で少し資料申請をしていたものですから・・・」

 ハァハァと息を切らせながら手の書類を見せるロビン。
 
 「”空の雪”について調べてました。」

 シルフィリアが静かにそれを手にとってパラパラとめくって行く。
 それは当時の”空の雪”が押収したスペリオルのリストだった。
 シルフィリアの口元が僅かに緩む。なるほど・・・流石というべきか・・・伝説クラスとまではいかないもののそこそこに名の知れたスペリオルがいくつも連なっている。

 「ですが・・・どうやらもう必要ないようですね。」
 ロビンが回りの状況を見て、苦笑いしながら呟く。それに、シルフィリアも同意しようと
 
 「ええ・・・もう全て終わ・・・・」

 りましたからと続けようとして声が止まった。

 「シルフィリアさん・・・どうかしました?」

 心配そうに聞くロビンに対し、シルフィリアは・・・

 「ロビン様。この押収番号X-0028という物のことなんですが・・・」
 「ああ・・それは・・・あれ?・・・すみません多分記入ミスだと思います。」
 「記入ミス?」
 「ええ・・・だってこのスペリオルはすでにある人が使ってますから。」
 「・・・そうですか・・・」

 シルフィリアは静かに呟き、リストを閉じる。


 

 そこに・・・



 「いやいや・・・遅れて申し訳ない。」

 息を切らせながら走ってくるもう一人の男が居た。
 「シュピアさん。」

 フラント・シュピア。ロビンの上司だ。大量の資料の入ったカバンを携え、一応スペリオルも持って来ている。

 「本部で事件解決についていろんな手続きをしていたら手間取ってしまってね。ここから先は・・・私が後片付けをするよ。もうじき本部から特別チームが来るはずだし、君達は宿に戻ってゆっくり休むといい。もうボロボロじゃないか・・・」

 
 優しい笑顔で言うシュピア
 それに対し、シルフィリアは・・・
 

 「いえ・・・まだ終わってません。」

 
 これ以上ないぐらいに静かに呟いた。

 「終わってない? どういうことだい? 」

 安堵した表情を一転させ、シュピアが怪訝の表情で呟いた。



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